2018年03月02日
ワクワク、へ~!の研修旅行(岡山城編)
こんにちは。
岡山県で楽しく勉強してきた静岡の畳屋の姉さんです。
2/24(土)~26(月)、家事などを主人に任せ、倉敷で行われた「モダン乱敷き畳 中四国勉強会」に参加してきました。
24日、まず岡山駅で降りて岡山城に行きました。静岡には今は走っていない路面電車で行くのもいいと思いましたが、丁度バスが停まっていたのでバスで。100円は安いですね!
表書院の横のこのような趣のある門をくぐって少し歩くと・・・
わ~!


色も形もインパクトがありますね!
入口でいただいたパンフレットによると、岡山城は天守台が北に大きく突き出た不等辺五角形という、全国に全く例のない珍しい形をしているそうです。
レトロなお顔立ちのお雛様↓
石垣の殆どは昔のままの状態で保存されています。特に貴重なのは、石積みが、丸い形の自然石を用いた野面積(のづらづみ)であることだそうです。
この岡山城を築いたのは、豊臣秀吉の養子となった宇喜多秀家です。年若くして異例の出世をとげ、「備前宰相」と呼ばれましたが、関ヶ原の戦い以降に島流しになってしまったそうです。
明治2年、岡山城は国の所有となったものの、全ての建物を維持していくことができず、明治15年以降に残ったのは天守閣、月見櫓、西の丸西手、櫓および石山門の4棟だけでした。
昭和20年、第2次大戦による市街地空襲で天守閣と石山門を焼失してしまいました。
現在の天守閣は、昭和41年、市民の長年にわたる要望で作られた鉄筋コンクリート造りですが、外観は昔のままに再現されました。外壁の下見板には黒漆が塗られていたので、カラスの濡れ羽色に似ているということで「烏城」の別名があります。
(続く)